くたばれ,終末思想

原油価格が1バレル140ドルを突破した。いろいろなものが値上がりして,まぁ中には全く関係ないだろうにいやらしい便乗値上げもあったりと,なんとなく1970年代のオイルショックを髣髴とさせる。ちょうどその頃からか,国民が社会や将来に不安を感じるようになったときにヒョッコリ出てきたのが,ノストラダムスの大予言だ。これは昔の医者で,占星術師だったノストラダムスが書いた詩を未来を予兆するものとして解釈したものだ。それによると西暦1999年7月に地球は滅びるとあった。当然これを読んだ市井の人々はパニックになった。
しかし今現在2008年だが,地球は滅びず,僕も,今こうしてこのコラムを読んでくれている貴方も生きている。
ノストラダムスの詩が地球の滅亡を語っていると言うのはあくまで一方向の解釈に過ぎず,もしかしたら予言書ですらなく,単なる趣味の日記帳だったかもしれない。ちなみに僕は1999年の7月の例の4行詩を解釈するならば,佐々木のメジャー行きを予言したものではないだろうかと思っている。恐怖の大王=大魔神がメジャーのマウンドに降り立つ,と。
まぁ色んなこじ付けが可能だと言うのに,それを不安をあおるように『1999年に地球が滅亡』というとんでもない解釈を展開し,罪もない一般市民を不安にさせた罪は大きいと思う。
僕が強く主張したいのはその事であり,どうして予言というのは終末的なことや不幸な事件ばかり言うのだろうかと。
たとえば最近の有名な予言者といえばブラジルのジュセリーノという人らしいが,この人の予言も不幸な事件ばかりが多い。地震がおきるとか,台風が起きるとかそういうものだ。なぜ,不幸な予言しか出来ないのだろう。今年の日本シリーズは阪神が優勝するとか,オリンピックで日本は金メダルをいくつ取るとか,石油に代わるバイオエネルギーが生まれるとか,日本の景気がよくなるとか,失業者が減るとか,どうしてそういう明るい予言がないのだろう。どう考えても人間を不安にさせているだけである。
どうせ一つの終末思想が外れれば,またどうにでもごり押しした解釈で次の終末論が出て来るのに決まっている。目に見えている。
普段なら僕もあまりこういった予言の話は馬鹿らしいし,乗り気ではないのだが,yahooの知恵袋に看過できない質問が立っていた。ここでは原文のまま書くわけには行かないが,要するに『ミャンマーのサイクロンや中国の地震は来るべき地球規模の変化の為に人間がふるいにかけられているのではないだろうか』といったものだ。しかもその質問に対する回答者が全てそれを否定しなかった。こんなバカな話が許されていいのだろうか!!
これではまるでサイクロンや地震で亡くなった人たちが罪人としてふるいにかけられドロップアウトしたと言っているようなものだ。僕はそのような考えに激しい嫌悪と憤りを感じる。通り魔に刺殺されてこれも運命だったとあきらめるのか?もし天変地異で人々がふるいにかけられ,ドロップアウトする者が出てくるとしたらその者たちは悪人でなければならない。しかし地震やサイクロンの犠牲者は罪のない,貧しき,真面目な者達だった。こんないい加減な鉄槌の下し方はおかしいだろう。中国の地震で学校が倒壊したとき,被災者の女性が,『学校は壊れたのにどうして政府の建物は壊れなかったのか!!』と詰問したが,まさにその一言が全てを物語っている。なくなった子供達の事を考えると,それでもそんなサイクロンや地震が人類をふるいにかけるファクターだと言うのだろうか。少なくとも僕は絶対に許さない。
ともあれ,人間はノストラダムスの大予言の事にしても,不幸な予言を信じて不安がる傾向にある。
不安がるよりも明るい未来を信じて生きた方がいいに決まっている。おどおどしすぎて足元の石に蹴躓くぞ。





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